ライブハウスで酒が飲める日

 こんばんは。キョウゴクです。

 こんばんはということで夜に書いてます。最近あらゆることに興味が湧かず死んだように過ごしてます(オンライン講義というのも相まって)。

 

 コロナ流行以降、ライブハウスのドリチケから酒が消えた気がします。確かに酒飲んだら声デカくなるし、感染予防としては仕方ないのかなぁと思います。はたまた、行ってる現場が相対的に上昇してきたのかもしれません。そう考えると、流行以前にバーカウンターでハイネケンなり氷結なり交換が出来て、「600円」の安い酒が貰えたことを懐かしく感じます。

 

 そもそもライブで酒がいるのか?みたいな話でもありますね。なんか個人的に思うのですが(偶然オタクも言っていたのですが)、

「酒飲んで無理やり高まるのは負け」という言説です。

 別に根拠があるわけでもないのですが、なんかこの辺は確かにそうだなぁと思います。シラフで曲聴いてありのままに楽しむのが一番いいことだと。今でもこの考えには共感できますし、やはりそうなのだと思います。ただこの考えとは別にある疑問を最近感じるようになりました。

「どう転んでも自分にとってオモロイと思えない演者が来た時どうすればいいのか」

ということです。いやステージ見とけばええやんか、それではアカンへんの?いや見とけばいいんですよ、その通りです。でも人間の集中も限界があります。そもそもライブ鑑賞(ドルでも二次元系でもなんでも)は所詮娯楽の範疇になるものだと思います。その娯楽の範疇に収まるものをやりたくもない勉強や仕事と同類の集中力を発揮してまで見ないといけないのかと思うわけです。反対に好きな演者であれば、仕事や勉強以上のはるかに上回るような集中力で見ることはできますし、それを嫌がることはあり得ません。しかし、特別興味があるわけでもない演者にどうして労力を払ってまで集中せねばならないのか、と疑問に思います。
 

 もちろん、その「オモンナイ」がたまたま自分の趣味趣向・哲学に合わなかっただけということは当然にありえますし、寧ろ見方を変えることによって考えや評価を改めることは珍しくありません。しばらく見ないうちに伸びてくることもあります(その場合は後悔するのが関の山ですが)。確かに見方を変えて楽しめるならそれでいいのですが、それでも「オモンナイ」ならどうするのかと。

 

 そこで酒の出番です。チューハイ一缶、ビール一缶くらいならお酒に弱い人は別ですが、強さが普通程度であれば飲み干すといい感じにリラックスできます。そのくらいになると肩の力も抜けますし、「いろいろな演者がいるんだなぁ」と高をくくってライブに切り替えができます。傍から見ると楽しそうな人間になれると思います。正直あんまり興味を持つことが出来なかった演者のパートで椅子があれば椅子に座って、あるいは壁にもたれて、はたまた下を向いてスマホを弄っているよりは少なくとも外面上は良い気がします(ややもすれば、演者に低まってるのを見られるよりはマシ)。

 

 ・・・なんか最初に酒に頼ったら負けとか言いながら、結局酒に頼ってますね。なんやねん。別に酒が飲めないとか飲みたくないなら、別のルーティンで気持ちを切り替えればいい話ですし(例えばエナドリ飲むとか)、普通に楽しめたならそれに越したことはありません。

 

 最近古巣の地下に潜って知らんドルがゲストとかで見ててなんか食指がのびんなぁ、興味が湧かないなぁと思って書きました。まぁ自分が変われれば何の苦労もしないんですがね。もはやワクチン普及してコール等解禁されるのを待つしかない模様。

 

 早くライブハウスで缶を飲みたい。