法科院生弥生殿見聞録

だいたい愚痴しか書いてない。

荒野に咲く一輪の花────名もなき者の追憶とともに────

────回想録の続きである。「J」は地下を流浪し離散、いわば「ディアスポラ」であった時期をかつて過ごしていた。第1次「ディアスポラ」を経て「RW」の現場にに行っていたが、この現場は終には消滅してしまった。そこで第二次「ディアスポラ」を一時的に過ごしていたのであるが、ある奇妙なアイドルに出会うことになった。この者は後に彼にとってかなりの興味深さを印象付けた。彼は相当の影響を受ける────

 

────出会った経緯は奇妙なものである。「RW」が「解散」した後に「謎の期間限定活動」を当時の推しであった「F」がしていた。その折に別の、同じグループに居たメンバー一名と新しく「外部」から呼んだ一名、合計三名で「期間限定活動」を開始した。このメンバーたちは後の「正式な」新グループの布石であるが、この当時の「J」は知らない。────

 

※記述の体裁については「名もなき者の回想録」に準拠。

 

1章「邂逅、そして第1印象」

 

 私は「J」である。元のグループは「解散」してしまったとはいえ推している・・・(いや推していた)アイドルと会う機会は幸いにして用意されていた。会えるのは嬉しかったのはそうなのだが何か薄気味悪い予感もあるが・・・。

 

────薄気味悪い予感とは、今後「正規の」グループ自体について行けるかということである。結局「J」は最終的に「F」から離れてしまうのだが、その予感が・・・既にこの時に僅かにでもあったのだ。現実となるとは思っていなかったようではあるが────

 

 「F」が「期間限定」で活動していたグループは・・・名前を「Y」としておこう。

 前述のとおりこの「Y」には「RW」の二名と外部から一名を呼んで三名のグループであった。 

 外部から呼んできたこの者を「T」としよう。「T」は随分と異彩のあるコであった。

「T」は申告どおりであれば、経歴はアイドル10年選手であった。それと同時に根っからのアイドルオタクでカンダガレージ(以下「KG」)といった古の文化漂うアキバ界隈に生息していたそうである。

 今でこそ地下アイドルは渋谷や新宿のライブハウスを中心とするが、そもそもの地下アイドルを含むサブカルチャーの発信地として見るならばアキバは外せないであろう。私見にはなるが、地下アイドルといったサブカルチャーでもよりアングラな領域を触れるのにここは通らずには参るまいと思う。

 「KG」はオタ芸やコールが古くから醸成されてきた界隈である。個人的に、ここを通っているオタク、わかるオタクはこういった「遊び」に通暁しており、「強い」・・・というか並々ならぬものを感じるし、オタクとして面白いと思っている。

 「T」はその文化を通っていたのだ。そこで「T」について、私は第一印象としては面白く、強いオタク・・・と感じていた。本職はアイドルなのに対してその評価はいいものかと思ったところではあるが・・・。いやこれほど稀有な者もいるまい。

 

 思うに、余程のベテランでもない限り、「見る側の視点」というのは容易に理解しえないのだろう。今思えばかつての・・・「F」はそこまではわからなかったのだろう。とはいえ致し方のないことである。そもそも、アイドルとオタクでは見える物が違うのだからそれは至極当然である。もっというと「こちら側」から「ステージ」を窺い知ることもまた容易ではない。少なくとも場数がなければ・・・わからぬ。 

 

 而して、「T」はベテランアイドルとして、「古の」オタクとしての「二面性」を持っていた。地下アイドルにも通暁していることは前述のとおりで、私自身は当然「地下現場」が好きなオタクであるから、そのような「性格」に惹かれないはずがなかった。そもそもそんな「理解の深い」アイドルはそうそういない。サブカルチャーに造詣が深かったり、「ユニドル」をやっていたりするアイドルはわりといる。しかし、もっと本質的な・・・「地下現場」の雰囲気までを肌でわかる者というのはまずいないと思われる。加えて10年クラスでやっているアイドルも居ないわけではないが、多くはない。そんな極めて珍しい「属性」を・・・わざわざ二つも揃えていたのだ。只者ではないことはひしひしと感じていた。実際そうであったことを理解するのに時間は必要としなかった。

 

2章「対戦」

 

 私が「T」と馬が合うように感じるにはそれほどの、いや「直ちに」といっても過言ではなかろう・・・というくらいには時間がかからなかった。「T」が守備範囲とするアイドルは概ねわかったし(既に解散していたグループもあったが)、そのコ自身はどうやら「真」にライブフロアが好きだったようでコールやフリコピの話などをすれば、どこかで現場を一緒にしていたのではないかと思うくらいに話が合うのであった。

 

 いわゆる「ピンチケ」タイプであろう。単に目立つ、だとか態度が悪いといった悪印象の方ではない。というよりもフロアを走り回り、コール、フリコピを全身全霊でするといった、いわば古の現場戦士といったところか。「現場」として楽しめるか、自由に楽しめるか、が価値判断の基準とする私にとって、合致するそのようなタイプは大変興味がそそられた。

 

 今でこそ問題なく、ノンリミットで楽しめる環境であるが、私が「T」と出会った当時、「諸事情」でコールなど今までに「当たり前」にあった楽しみ方が封じられていた。私自身もそのような「沸く」スタイルの楽しみ方を忘れていたし、かつてからは考えられぬくらいには「お行儀のよい」・・・人間であった。

 

 それに反して「T」と話しているとコール、フリコピといった話がそれなりに盛り上がるのだ。話すうちに「自分もそうであったことを思い出せた」。ああ自分もそうだったな。 

 

3章「私に与えた影響」

 

 当時の私は「T」との話を通じて懐かしさを覚えるうちに同時に「違和感」への確信が徐々に強まっていた。

 私が「T」と出会った当時は「実験的」にかつての・・・制限のないレギュレーションに戻す過渡期であった。「諸事情」で制限された期間と制限を撤廃したその先との過渡期であった。現場によっては往年を思わせるコールありの愉快な現場になるものもあった。もっとも従前と同じくらいになるにはそれ相当の時間がかかっているが・・・。

 

 私は「T」を通じて自分が求めている「現場」がなにか、ということを知った。それは今現在に至るまでの私の「方針」に関わるものだった。ただ、皮肉なことに彼女の私の影響はすさまじかった。

 

 もっとも「そうなってしまった」(注1)のは、私の決断であるし、誰一人として私に「引導」を渡したわけではない。いうまでもなく「F」と「T」には無関係である。ただ、私の「思想」には他ならぬ「T」の影響を否定することはできなかったし、「T」を通じて新たに形成したことへ否定する余地はなかった。オタクとしてここまで影響するとは思わなかった。

(注1「そうなってしまった」・・・私が「RW」と「Y」、「.RV」から離れ別の現場に活動領域を移してしまったことである。本題とは無関係ではないが、展開すると話に収拾がつかなくなるため割愛。別途書こうとは思う。)

 

第4章「彼女の再出発」

 

 「T」は「.RV」のメンバーの一人として新たな出発をした。元は「RW」の一員として出発するはずだったが、様々な「因果」によりこのようになったようである。

 「.RV」に入ってからは「T」に会うまで期間が少し空いた。私自身の身辺に変わりがあったこと、主現場を移してそっちに専ら行っていたこと、そして「.RV」自体が自分に合わないと感じて敬遠していたこと・・・が原因である。

 従前から「T」はどういうわけか私のSNSを頻繁にチェックしており、実際かなりの速度で反応するなど(わざわざ覗きに来たのではないかと思うくらいに、というか実際に覗いているらしい)、実際に話に行くことは少なかったが、どこか親近感を常に感じていた。

 

 「T」はこうして正式に唯一無二のアイドルとして再出発を遂げた。しかし前途多難であった。グループ名は「.RV」とする。

 

 「T」はもとは完全に外部から、関わりのないところから来たのであった。「.RV」においては幾分の「違和感」を覚えるようであった。今までとは違うやり方に、「良くも悪くも」苦労しているようであった。真意は推量しかねるし、確証あるわけではないが少なくとも私にはそう感じられた・・・。

 それもそうだろう。実のところ「.RV」の「母体」自体はほぼ変わっていないのだ。元々固まっていたメンバーが「形式的」に新たに集まったように見せかけている・・・と言っても過言ではない。「T」は「出来上がったコミュニティに他人が放り込まれた」ようなものである。

 

 環境が変わっているようで、「マジョリティ」にとって、環境はそれほど変わったわけではない。人一倍困惑、苦労するとすれば「T」であろう。

 年単位で形成されたコミュニティには容易に入ることはなしえないだろう。もっとも「T」はプライベートでもメンバーと関わっているようで、上手く馴染めているようであった。実際の真意はわからないが、10年という相当の経験と経歴が功を奏したというか。

 さらにいうと古くから「T」のオタクをしている者にとっても「.RV」に違和感を持つ者がいた。「T」自身に考えに通じる・・・「以心伝心」と言っても過言ではないくらいに理解者たるオタクがついている証左であろう。  

 

 私は「T」の正式なデビュー後、すぐには行かなかった。他の現場に移してしまっていたから、行くタイミングを計りかねていたからであるが・・・。その折に「.RV」が大型フェスの出場をかけた選抜戦に出ることが決まった。動員が必要らしかった。高々一人とはいえいくらかの力になろうと思い、ちょうど良かったのでようやく重い腰を動かすに至った。

 

第5章「久々の再会」

 

 特典会において、私は短時分であるが「正直に」話した。「T」は「在宅」していた私のSNSを覗いていたようで、私が「.RV」自体をあまり好きになれなかったことを幾度か愚痴を零していたのだが筒抜けであった。しかしなぜか「理解」をしてくれていた。

 

 私は「.RV」をどうも好きになれなかった。理由はいくつもあるのだが・・・。グループのコンセプトが私の肌に合わなかったのが、主たる理由であった。ライブが好きで見ていた自分にはそこは譲ることはできなかった。

 しかし「T」はそれを理解してくれた(のだと思っている)。

 彼女自身もまた一人のオタクであるという「矜持」があったからこそだと思われる。だからこそ・・・オタクである私自身にも共感してくれた(のだろう)。私に共感してくれた(と思えた)ことも嬉しかったが、それ以上に「T」が「オタクマインド」を持っており、それに従ったがゆえの「理解」をしてくれたのだと思えたこと(まぁ妄想の領域を出ないが)が何よりも嬉しかったし、「T」への信頼がさらに深まるばかりであった。

 

 こうして、結局「T」が居るのなら、笑って飛ばせるなら・・・と思って「.RV」に幾度かは行くことになった。正直、ライブは「かなり」おとなしく見ているのだが、まぁこんな時があってもよかろう。

 

 私は「T」が出演する夏フェスにも行った。夏フェス自体に行くのは毎年恒例だったが、まさか「T」が出演するとは思っていなかった。「T」含め「.RV」の他のメンバーにとっても初めてのことだったからである。

 もっとも私は別現場を目的に行っていた。それでも時間が合えば見ようと思っていたし、せっかくいる以上は見ないのもどうか、と思ったので、さっそく当日の行動順の予定に優先して入れた。幸い出演回数が複数あったので一回は見ることができた。

 「.RV」が出れたステージはその夏フェスの中では大きくないステージしかなかったが、それでも出れることに価値があるのだと。そう思えた。

 「T」は夏フェスで「アイドルオタク」らしい側面をいかんなく発揮していた。私自身も夏フェスとなれば意気揚々といくつか見て回ろうと考えていた。特に大きいステージに立つアイドルを野外で見るのは夏フェスの醍醐味であるところ、「T」も偶然か、私の見ているグループを後ろの方で見ており、それがフロアから見えた。ああ・・・このコはやっぱり理解者のオタクだな・・・と随分と感心したし、好感を強く覚えたものである。キミと私どっかで絶対すれ違ったでしょ。出会う前からさ。

 

 夏フェス当日の特典会では夏フェスになんとか出れたことの祝意とフロアにビラ配りのついでに「T」が他現場のライブを見ていたことを遠くからわかっていたことを話した。本当に面白かったし、代えがたい人間と出会えたものだと感慨深かった。

 

第6章「あのコとは」

 

 それでも、「T」の現場の、「.RV」のオタクにはなれそうにないことは脳裡から離れなかった。当該現場のオタクとしていられたのなら、どれだけ楽しく、面白く過ごせたのだろうか、とある意味残念さを覚えた。やむをえなかったのではあるが・・・。

 

 しかし、それでも会いに行ってるのだからむしろ「現場が好きだから」ではなく、そのコと話すのが、あるいはそのコ自体が好きなのだろうとも思える。実際のところ、話すことを目的としている節があるゆえに。。。

 

 「T」とは、なにか出会い方が違っていれば・・・もっと面白かったのだろうな、と思う。様々な「現実」が錯綜として、未だに心から気持ちよく現場に行けているわけではないし(まぁ主にグループの結成経緯が原因であるが・・・)、複雑な心境で現場に足を運ぶという歪な状況である。なぜ自分が「その」現場に行っているのかわからぬ時があるが・・・。

 

 それでも、私が行こうと思えるのは、他ならぬそのコの影響力と存在感あってのものには違いない。かつては「単推し」であった私は推し以外のメンバーと話に行こうなどと露にも思わなかった。そのうえ私自身は「そこ」の現場ではなく、別の現場をメインに行っている。主現場でもない、推しというわけでもない・・・「T」にわざわざ行こうと思うのは・・・私が変わったのだろうか、そのコが私を変えたのだろうか。

 

 少なくともこの先を見ていたいし、何か力になれればと・・・そう思えた。